アダムとイブの林檎
初めに-このサイトで目指すもの
人間の本質!!
このサイト雑文で目指すものは"人間の本質"の追求です。
人間の本質!!、なんとも大仰な、”くさい”お題です。 しかしその大それたお題に、ともかく正面から迫ってみようと言うのがこの雑文です。
我々人間は他の動物と較べたとき、どこが同じで何が違うのか。 そしてその違いは何に由来しているのか。
特にその中で私が興味を持ち、問題意識としているのは次の二点です。言わば”出発点”と”到達点”です。
このサイトで私は、この二つのテーマを中心に、その周辺を跡付けながら考えて行きたいと思います。
直立二足歩行の起源・契機
ヒトの定義の第1項目目は「直立二足歩行」です。全てはここから始まりました。しかし、その起源・契機が分かっている訳では有りません。
特に近年相次いで発見された初期人類化石とその研究により、従来定説となっていた「サバンナ説」、その洗練された形の「イーストサイド・ストーリー」の破綻が確定し、それを前提としたあらゆる「「直立二足歩行起源」説も又破綻しました。イーストサイド・ストーリー提唱者のイヴ・コバン自身、自らの説を撤回しています。
そうした到達点も踏まえて、人類の歴史の出発点、つまり「最初のヒト」を考えて見たいと思います。
生物学的ヒトと、社会的存在としての人間
人間はヒトとして、他の動物(生物)の一種であり共通性・連続性を持ちます。これは間違いの無いところです。同時に他の動物に無い特徴として、社会的な存在である、と言うのが私の考えです。言わば「生物としての連続と、社会的な飛躍」です。
この飛躍抜きに人間を理解することは出来ないと考えています。
人間をどう見るか、つまり「人間観」について、両極とも言える二つの主張が有りました。
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創造論的立場
人間を他の生物から切り離し、進化を認めず、今現にある姿の形で神によって作られた、とする主張或いはそのバリエーション。 -
一部の進化生物学陣営からの、言わば「全ては生物進化の枠内」論。
人間の言語や文化・文明、社会構造なども、生物学的な進化の枠内で有り、イヌやフクロウやペンギンがそれぞれに進化の頂点であり、それぞれにユニークで有ると同様、人間のユニークさの一面に過ぎない。その違いは程度問題だ。
進化に目的と方向性は無く、人間が人間として進化の先端にあるのと同じく、全ての生物はみな進化の最先端にいる。
人間だけを特殊化する見方は、人間を進化の頂点とみなし、進化に目的と(人間に向かっての)方向性を持ちこむ間違った議論だ、と言うような主張です。