RE mkさん
>不自由なままでもとりあえず適応する、というのと、不自由がないなら変化しない、というのはまるで別の話。
ですから、ヒヒが四足である為に「不自由なままでもとりあえず適応」している事実を、根拠付けてくれ、と言っているに過ぎません。
その事実を挙げられずに、「不自由がないなら変化しない、というのはまるで別の話」等と主張されても、私にはぜんぜん”見えません”。
進化論の一般論を講じている訳ではありません。進化学会の専門家も見ておられるであろうこの板で、そんなおこがましい議論をするつもり等、毛頭有りません。
そう言うことは別なスレッドを建てて、心行くまでおやり下さい。
>とりあえずヒヒとヒトのロコモーションを比較することが、オットセイとヒトのロコモーションを比較するくらいナンセンスだってことは、もう雄さん以外には十分ご理解いただけていると思いますが、
これも元々、ロコモーションの一般的比較論をやっていた訳では有りません。ここでも話のすり替えです。
ヒヒの例は、サバンナに進出した霊長類はヒトだけではない。ヒヒもパタスモンキーも、サバンナモンキーも居る。
直立二足歩行が、mkさんの言うようにそれ程「省エネ」であるなら、或いは他の理由でもいいが、それ程メリットがあるというなら、何故これらもそうしないのか?
と言う、私の質問にmkさんは、2で、
>重要:進化の方向性を決めるのは淘汰圧の方向だけではありません。
ヒトとヒヒとの違い前適応の有無
ヒトは直立二足歩行できる下地があったから直立二足歩行になった。
ヒヒは直立二足歩行できる下地がなかったから直立二足歩行になれなかった。
それだけしか言ってないわけ。
と返して来ている。
私はヒヒが二足に移行しないのは、他の全てのサバンナ性動物と同じく、四足歩行で何の「不自由」も無かったからだと見ているけれども、ヒトと環境(淘汰 圧)が同じで有りながら、前適応の有無でヒヒが直立二足歩行に「なれなかった」とするmkさんに、なれなかった為の不自由さ、デメリットを挙げてくれ、と 聞くのは当然のことじゃないですか。
続けてmkさんは次のように述べている。
>で、直立二足歩行の下地がある(類人猿)ところに
【直立二足歩行へ移行する淘汰圧(直接的要因)】がかかれば二足歩行にはなるだろうってことです。下地がなければ(ヒヒ等、類人猿以外のサル)、どんな淘汰がかかろうとも直立二足歩行にはならないと期待されます。
系統的制約ってヤツです。
mkさんの「期待」を裏切って、パタスモンキー、ミーアキャット、プレーリードッグなど、種を超えてキレイな直立姿勢を示す動物は多く居る。
私はこれらの動物が直立姿勢を取るのは、「下地」の有無などではなく、共通して同じ淘汰圧、つまり遠くを見渡す為には立ち上がる以外に方法がなく、直立す る必要に死活的に迫られた為だと思っている。
そして二足歩行に移行しないのは、その必要が無いからだと思っている。
でもmkさんの説によると、これらの動物は不可欠な「下地」が有ったから、そこに淘汰圧が掛かって、直立姿勢が取れたと言うことになる。
だったら、これら三種(或いはもっと多く)の動物に、下地(前適応)が有ったことを教えて欲しい、と言っても、これも無回答。
ヒヒはヒトと同じく、直立二足歩行のメリットを受けられる環境に有りながら、前適応がなかった為、直立二足歩行に「なれなかった」。
チンパンジーは、前適応の成果で、充分直立二足歩行できる下地が有ったのに、その環境でなかったために、直立二足歩行になっていない、と言う。
私はあまり進化論的だとは思えないんだが。
何より、
プロコンスルにしてもサンブルピテクスにしても、樹上で四足ですばしこく動き回っていたと思う。時に枝の上で二足歩行を見せることも有ったかも知れない。
しかし、森の中であれ、サバンナであれ、専ら二足歩行に切り替える必要がどこに有ったのだろう。それも、たった一種、ヒトだけが。
私の一番の問題意識はここにあると、繰り返し述べているし、その点で納得できるお説を賜れば、直ぐにでもmk教に宗旨替えする、と言っているのだが、mkさんからは一度も答えを頂いていない。
【アクア説に関して】
直立二足歩行の契機を説明できない「人類起源説」に意味は無い、と言う立場から私は議論をしている訳ですが、私自身としては、その契機としてアクア説に納得していると言うことです。
モーガンが主張しているそのシナリオの紹介が遅れていますが、ヒヒ抗体というのは、その中での言わば物的証拠みたいなものです。
若し、mkさんに限らず、医師であれ誰であれ、その件に付いて「ツッコミ」的解説をして頂けるのであれば喜んでお伺いしたい。それによって、間違いであることが納得できれば、改めるに何のはばかりも有りません。
RE fukkenさん
>雄さんのサイト拝見しました。
お恥ずかしい限りです。
>社会ダーウィニズム批判と銘打ち
>地球上にひとたび生物が生まれると、それから後は進化論で良く知られるよう に、下等の種から高等の種への進化が次々に起こり、ついにはある種の類人猿から人間への進化が行われました。
>これは同時に、サルの集団が人間の社会になったことを、すなわち生物的運動形態から社会的運動形態への移行が行われた事を意味します。
http://y-ok.com/appleclub/adam/contents2/contents_9.htm
と述べたことに矛盾は感じませんか。
感じません。
人間は生物であることは当然として、社会的な存在だと言う理解です。つまりその点で特殊だと。
生物としての側面以上に、社会的な仕組みによる制約に、多く依存していると思っています。
例えば端的に言って、同じヒトでありながら、北朝鮮に住んでいる人と、日本に住んでいる人では行動様式や考え方が大きく違っています。おそらく死亡率なんかも違っているでしょう。
これはその人の生物学的な違いから来るものではなく、社会的な事情です。
生物での適応度は、大雑把に言って、残した子供の数で計られる訳ですが、そう言う基準で人間の「適応度」が論じられることも有りません。
ビル・ゲイツが何人子供が有るか、ニュースで話題になったことを知りません。
封建社会と資本主義の今とでは、同じヒトでありながら、行動様式や価値観が全く異なります。
つまり社会には、生物の法則とは異なる社会の法則がある、と言うのが私の理解です。
勿論、ヒトとして生物である以上、代謝、繁殖など生物の法則も当然貫いているけれども、まあ全体としては背景、基礎的な位置づけだと思ってますけど。
その「社会」に、適者適存、優勝劣敗などと、生物学の法則を機械的に、或いは捻じ曲げて適応し、解釈、或いは合理化しようと言うのが「社会ダーウィニズム」であって、本来違う法則下にあるものだ、と言うのが私の考えです。
只、あれは個人サイトです。あれをもって、他に、例えばこの板でことを構えようと言うことでは全く有りません。間違いも多々有るでしょう。
批判に耳をふさぐと言うことではありませんが、何しろここだけでも手イッパイで、逐一のご指摘には対応しかねるときも有ります。
出来れば、ここでの私の主張の範囲内で、反論なり何なりお願いしたいところです。
なお、「言葉」に関するコメントは後ほど。
私も、忙しくなってきましたので。
RE 猫さん
「アクア説支持者は、自分を特殊だと思っている論」の時もそうだったんですが、私は猫 さんの発想がサッパリ分かりません。
>>その際、若し二足で歩く必要(淘汰圧)に、死活的に迫られた場合、その直立姿勢から一歩踏み出して歩き出すのに、私は何の不自然も感じません。
>>二足歩行に踏み出す際、その直立姿勢は二足歩行の前適応になっているでしょうね。ブラキエーションなどの、アヤシイ前適応と違って。
これがどうして………、
>【飛行】に踏み出す際、その直立姿勢は【飛行】の前適応になっているでしょうね。
…こんなことになるのか。
直立姿勢が、空を飛ぶ為の前適応になるなんて、空想だにしませんでした。
だからどうしたら猫さんがこんな発想になるのか、私にはどのように観念を働かせても理解できません。
アクア説の時と同じく、勝手に観念的に敵の姿を捏造した上で揶揄・攻撃する。一瞬ブッシュを思い出しましたね。
猫 さんにお聞きします。
あなたは二足歩行をするに先立って、先ず直立しませんか? そこに何か不自然が有りますか?
私は、直立姿勢と直立二足歩行の関係は、ごく自然なものとして理解できますが、そこにどうして「飛行」が入り込んでくるのか、どうしたらそんな発想が出てくるのか、現実的な私には、どうしても理解できません。
> どんなに空を飛ぶことについての淘汰圧がかかろうが、空を飛べなければ絶滅するしかないという状況に徐々になっていったとしても、ミーアキャットも馬も鹿も100万年単位では飛ぶことは絶対にありえにゃーだろう。「立ちすくんだまま絶滅するのが自然だと」断言しますにゃ。
誰も言っていないことを、勝手に観念的に創造して、その仮想敵を「論破」したつもりになって「断言」されても、私には「何のおはなし?」なんですけど。
私はmkさんのように、以下のような頭の中だけの、観念論的空想物語は言っていません。
>仮に、「チンプも実はかつて常時直立二足歩行を獲得していたが、後に二次的に二足歩行を失っていた」なんてことが明らかになったらどうします?(19)
パタスモンキー、ミーアキャット、プレーリードッグなどの、キレイな直立姿勢は、私が「観念的に」論じるまでも無く、実際に見られる現実です。
そしてそれは、立ち上がって遠くを見渡すと言う、共通な必要性に迫られてのことです。そんなことは彼らの行動を、(猫さんのように、観念的・恣意的にでなく)素直に見ていれば、子供でも簡単に理解できることです。
それらの動物に共通して、直立姿勢への前適応が有ったかどうか、それは知りません。私にとっては副次的なことに過ぎないからです。
前適応が不可欠だとする、mkさんにこれら種を超えての、どう言う前適応が有ったかどうか教えて欲しい、と言っているのですが、未だその回答をもらっていません。
私を観念的だとする、猫 さんでもかまいませんよ。
現に直立姿勢を取っているこれらの動物にとって、その直立姿勢は二足歩行に移行する際の前適応になり得るでしょう。つまり、猫 さんの主張に従っても、直立姿勢から直立二足歩行に移行することはぜんぜん無理でも、観念的でも有りません。
空を飛ぶ為の前適応になる、なんて発想は観念論の最たるものだと思いますけどね。
彼らが直立姿勢から二足歩行に踏み出さないのは、そこに四足を捨てて二足に移行しなければならない、必要(淘汰圧)が無いだけです。前適応の有る無しでは有りません。
直立姿勢で敵を察知したら、慣れ親しんだ四足で全力逃走する。そこに何の不自然も有りません。パタスモンキーもミーアキャットも、プレーリードッグも、それで特に絶滅も無くサバンナに適応しています。
この、子供でも分かる現実が、どうして観念論になるのか?
空想力(想像力じゃないですよ)の足らない私には、本当に分からないのですよ。
>言葉について、ちょっとだけ突っ込んでおきますにゃ。
ハイハイ、有難うございます。
私は64で、「言葉については、猫氏もおそらく一家言お持ちで有ろうと思いますが」として、見解の違いは別として、その内容にある程度の期待を持っていたのですが………。
「アクア説=特殊」に続く、今回の「飛行」で、少しばかりゲンナリしました。
いつか、暇が有った時、読んでみます。
そろそろ、撤収の時期のようですね。
普通の討論も出来なくなってきたようだし。まあ、気が向いたら、「宿題」だけはまとめてみるかも知れません。
皆さん、ご指導有難うございました。

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