人間の文明の本質、相変わらず分かっていない

| コメント(0) | トラックバック(0)

既に撤退をした某掲示板で、私の「文明論」に対し、次のような反論?、批判が載った。
人間の文化・文明、道具、及び、他の動物と人間を考える上で格好の素材だとも言えるので、これを批判する形で「人間の本質」論を述べて見よう。


>ヒトが今築いた文明はヒトの身体的特徴を反映したものなのは当然でしょうね。
ヒトとは違う身体的特徴を備えた生物なら、「仮に文明を築いたとしても」ヒトとはどこか違うものになる可能性が高いでしょう。
>ヒトの築いたような文明のみを文明と呼び、そのような文明を持つものをヒトと呼ぶならば、文明はヒトだけのものであり、ヒトの身体的特徴は全て、文明に必須です。

人間を、その文明や社会まで含めて「生物学」の枠内でしか考えることが出来ない時、結局この程度の文明論しか出て来ないのだろう。
人間の文明の最大の特質は、「ヒトの身体的特徴を反映したものなのは当然」などでは無く、逆に「身体的特徴を反映しない、依存しない」ことにこそ有る。

の 身体的特徴である羽根など持っていなくても、人間は鳥よりも早く空を飛ぶことが出来る。チータの身体的特徴を持っていなくても、どの動物以上に早く走るこ とが出来る。
ゾウやウマの身体的特徴を持っていなくても、それ以上の力を発揮することが出来る。それが人間の道具であり、文明であり文化だ。
普 段は生物学的な遺伝子に対抗して「ミーム(分化子)」等と、分かったようなことを言うくせに、そう言う知識がその時その時の単なる言葉遊びにしかなってい ない。

それぞれの動物種は、その生物学的身体的特徴を反映した行動しか取れない。つまり彼らの生活様式は彼らの身体的特徴に依存し、その枠内でしか有り得ない。
だから全ての動物は、その身体の外観や特徴を見るだけで、ほぼその生態・行動を簡単に予測できる。

もし彼らの行動や生活様式を、 彼らの「文明」と呼ぶとして、その文明を発達させようとしたら彼らの身体的特徴そのものを発達させなければならない。これを「生物進化」と呼ぶのであっ て、生物学的進化と別に彼らの文明等と言うものは有り得ない。

道具は身体器官の延長・代用だがその進化に遺伝子的変異を必要としない。つま り生物学的進化を必要とせず、身体的特徴を反映する必要無く、行動や生活様式を進化させることが出来た。
ヒトが自分自身を生物学的に進化させるこ と無く、道具を作り・使って環境に働きかける道に踏み出したこと。その道具を進化させることで、自分自身は生物学的になんら変わることなく、行動や生活様 式を激変させることが出来た。それこそが「人間の文明・文化」なのだ。

「身体的特徴を反映した文明」と言う言葉自体、論理矛盾なの だが、当然そんなことは理解の外だろう。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://y-ok.com/mt-tb.cgi/144

コメントする

このブログ記事について

このページは、が2010年5月20日 09:14に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「若干の後始末」です。

次のブログ記事は「人類最古の石器使用跡=340万年前の動物骨化石?エチオピアで発見・国際調査隊」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

2010年8月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
Powered by Movable Type 5.01